2005/09/15(THU)・16(FRI)
仙台・石巻・大湊
交通
15日(1日目)
JR常磐線:常陸多賀(17:19)→いわき(18:30)
JR常磐線:いわき(18:34)→原ノ町(19:49)
JR常磐線:原ノ町(19:55)→仙台(21:07)

16日(2日目)
JR仙石線:あおば通(7:33)→石巻(8:58)
JR石巻線:石巻(10:49)→小牛田(11:27)
JR東北本線:小牛田(11:32)→一ノ関(12:19)
JR東北本線:一ノ関(12:24)→盛岡(13:57)
IGRいわて銀河鉄道・青い森鉄道:盛岡(15:13)→八戸(16:57)
JR東北本線:八戸(17:12)→野辺地(17:59)
JR大湊線:野辺地(18:13)→大湊(19:15)
JR大湊線:大湊(19:38)→野辺地(20:39)
JR東北本線:野辺地(20:55)→青森(21:41)
JR津軽線・津軽海峡線:青森(22:45)→函館(25:13)
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〜プロローグ〜

2005年の夏休みは、研究室ルールで「8・9月で土日を除いて2週間」自分で設定して取ることになっていました。
しかしながら、私の場合は特殊で「受験が終わってから一週間分」と指導教官に言われていましたので、旅行日程を立てるのも一苦労。
ゆえに、土日で日帰り旅行(日光・会津)を行い、夏休みを極力使わないようにしていたのですが、この一週間前には富士山行きに準備等を含めて3日間の休みを取っていたので、一番の大旅行である今回は、9月の3連休に前日に休みを取って4連休としました。

さて、この旅行を思いついたのは、8月の中頃。
受験で相当ストレスが溜まっていたときに、前に駅で貰ってきていた「北海道&東日本フリーパス」のチラシが目に留まったのです。
(ストレスが溜まると旅に出たくなるらしい・・・)
以前から、近いうちに函館に行きたいな・・・と思っていたものの、今年の夏休みは受験で終わりそうだったこともあり、早くて来年の春くらいかな?と考えていたのですが、このフリー切符の有効期限が〜9/19と青春18きっぷの〜9/10より一週間以上も長く、夏休みを消化する最後のチャンスだ!と思い、早速、大まかな計画を考えました。
その結果、9/16(金)一日だけ休みにして15日の夕方から出発すれば、5日間で北海道から帰ってこられるという見通しが立った為、このちょっとした思い付きは実行されることになったのでした。

本来ならば、"思い立ったが吉日"で即刻、動き出すところなのですが、入試が終わってから出ないと動き出せません。
その上、先に日光・会津行きも薄っすらと計画していたので、綿密な計画が練り上げられたのは、またずっと後の話になります。

後日、日程を確定する為、ポケット時刻表も入手して、旅行計画は本格的に動き出しました。
その結果、研究室のコアタイムである17:00までいても、常磐線の普通電車を使っても夜には仙台入り出来ることが判明し、仙台城址に立ち寄る計画が現実味を帯びてきました。
仙台に立ち寄ったら、石巻や宮古湾も立ち寄りたいと期待は膨らみ、時刻表と睨めっこしながらルートを考えます。

当初の計画では、函館市内のホテルに一泊することも考えましたが、このフリーパスで津軽海峡を渡る場合、深夜に走っている「急行はまなす」に乗車する場合のみ、フリーパスのみで乗車できるのですが、その他の特急を使うと特急料金が発生する為、ホテル代と合わせ考えても7000円ほど割高になるので比較的短時間で幻となったのでした。
学生さんは、お金がありません・・・時間も・・・
その為、2日目は22:45までに青森駅に着けば良いことになりました。
その結果、仙台を出た後は、石巻に向かい、その後はひたすら北上して行き、旧南斗藩領である下北半島へも足を延ばし、青森を目指す計画が練りあがったのです。


  2日目、16日の朝です。
5時過ぎに仙台城址に程近いワシントンホテルを出発し、歩いて城址を目指します。
左写真の城址の石柱は市立博物館の入口にも当たる場所です。
ここから、天守台に向かいます。
坂道をひたすら登って、行き着く先は護国神社。
途中の坂道は、車が結構飛ばして通っていくので、要注意です。

さて、天守台に辿り着くと、目の前には仙台市街が広がり、
遥か先には海も見えます。
土方さんも、ここから仙台の町を見下ろしたのでしょうか??
そうそう、忘れてはなりませんが、
この仙台城に土方歳三も応援を求めてやってきているんですよね!
だから、ここに立ち寄ったのですが・・・。
そして、ここには土井晩翠の像も有るのです。
土井晩翠といえば、「荒城の月」
その荒城の月のモデルは会津の「鶴ヶ城」だそうな。
(ご当地「仙台(青葉)城」もモデルになっているそうです)
2週間も絶たずして、
仙台の地で土井晩翠の像の前に立つとは・・・

小学校の時は何も考えませんでしたが、
幕末史を辿っている今、改めてこの歌詞を読むと
とてつもなく切なくなってきました・・・

荒城の月歌詞
※右写真は鶴ヶ城内にて
注)土井晩翠…明治4年生まれの仙台出身の詩人、英文学者
旧居晩翠草堂は、仙台城城下に位置する
 
城址を後にして、ホテルに戻ります。
チェックアウト後、徒歩で仙石線あおば通駅に向かい、
石巻を目指します。

途中、日本三景の一つである
「松島」を車窓から眺めながらの旅になります。
9時前にJR石巻駅に降り立ちました。
想像していた駅とは全く違い、
あっちこちに漫画のキャラクターらしきものがいてビックリ!
漫画家・石ノ森章太郎ゆかりの地らしい。

駅前で荷物をコインロッカーに預けて、
2時間弱の散策に向かいます。
まずはじめに向かったのは、石巻市の南部に位置する
日和山鹿島御児神社です。
ここは、旧幕軍が石巻に停泊していた折に、土方歳三が宿舎にしていた所とか。
ですが、表示は一切ありません。

境内は小山の上にある為、目の前には最上川の河口が広がっています。
もう、目の前は海なんです!!
土方歳三に関するものは一切残っていませんが、
この境内の周辺で旧幕軍は、軍事演習を行っているそうです。
また、境内、石川啄木や松尾芭蕉など著名な歌人・俳人の歌碑があったりします。
日和山を降りて、最上川河川を北上していきます。
毛利家旧宅に向かう途中あったのが、
志賀直哉の生家跡。
ただし、正確な位置は解っておらず、
生前、志賀直哉本人が石巻を訪れた際にも、
自分が幼少期に過ごした家を
探し出すことが出来なかったそうです。

それにしても、旧幕軍を追って、
志賀直哉の出身地に来るとは思わなかった・・・。


こちらは、旧幕軍の宿所となっていた毛利家旧宅です。
建物の当時のままで、
二階の座敷の柱には刀傷もあるとか。
で、刀傷をつけた張本人というのが、何と、土方歳三!!だそうです。
それが本当なら、是非見たいところですが、
生憎、内部は非公開です・・・。

こちらは、志賀直哉の生家跡の説明文が立っているところから
徒歩に三分といったところで、
本当に目と鼻の先。

ちょっと先に小学校もあり、
グランドからマツケンサンバUが聞こえてきた時は、困りました・・・。
だって、小学校の低学年の子達が踊っているんですもの!!

再び、石巻駅に戻り、北を目指します!
電車を乗り継ぐこと、10時間弱。
そのまま青森を目指しても良かったのですが、
どうしても旧南斗藩領の下北半島まで足を延ばしたく、
大湊線に乗ってJR大湊駅へ。
もっと早い時間なら、ここから徒歩40分くらいのところに
旧南斗藩の藩邸があった跡があるので立ち寄りたかったのですが、
今回は、泣く泣く諦めました。
真っ暗だし、現地滞在時間30分ですから!
そのうち機会があったら、明るい時に尋ねてみたいと思います。
その時は、車で!

因み南斗藩とは、会津藩がお取り潰しとなった時に、
松平容保公の子息を藩主となって、
生き残った会津藩士が下北半島に移って出来た藩で、
新選組3番組長齋藤一こと藤田五郎も
この地にやって来ているのです。

この後は再び、東北本線に戻り、青森に向かいます。
青森から函館に向かう「急行はまなす」の車中では、
隣になった中年の男性と時刻表を見ながら話していて、
あっという間に津軽海峡を渡り終えてしまいました。





次はいよいよ、函館上陸!!デス。