2005/09/03(SAT)
会津若松
交通
JR常磐線:石岡(0:34)→水戸(1:06)
JR常磐線:水戸(5:10)→いわき(6:42)
JR磐越東線:いわき(6:45)→郡山(8:29)
JR磐越西線:郡山(9:04)→会津若松(10:11)
出発地、会津若松駅です。
駅前に建つ銅像は、白虎隊。

ここから、街中周遊バスハイカラさんに乗って旅は始まります。
一日乗車券(¥500)を購入して、バスの到着を待ちます。
30分間隔で運行しているので、
一周ぐるっと廻るのに時間を上手く使えば、
かなりの場所を廻ることが出来るでしょう。
(ハイカラさん)
さて、一つ目の停留所「町方伝承館前」で下車。
そこから、小さい路地を入っていきます。

向かった先は、東明寺にある西軍墓地。
会津若松のど真ん中にあるのが、
何とも言えない・・・。

東明寺を後にして向かった先は、
清水屋旅館跡(現・大東銀行会津支店)です。
東明寺から歩いて5分位のところにあります。

土方歳三が宿泊していた宿として
新選組FANは知っている場所ですが、
その以前には、あの佐久間象山も泊まっているんですよね・・・。
「新選組!」を見た後だっただけに、何か感慨深い・・・。

この清水屋旅館跡のある通りを、
ひたすら西に向かって歩き進みます。
時間でいうと、6,7分くらいでしょうか。
それくらい歩くと左手に現れるのが、阿弥陀寺。

齋藤一こと藤田五郎夫妻のお墓の他、
東軍戊辰戦役殉難者墓地、
更には、鶴ヶ城の御三階が移築されていたりと
史跡廻りには欠かせない(と考える)スポットです。

そして、そのはす向かいに位置するのが、七日町駅。
ここから、再びハイカラさんに乗車して鶴ヶ城を目指します。
 
鶴ヶ城北口で下車して、
少し北へ足を延ばすと、
右手には会津藩家老・西郷頼母邸址が。

会津戦争の折に、この場所で、
西郷家の女・子供が自決をしたという悲劇の場所でもあります。

現在、東山にある会津武家屋敷は、
この西郷頼母邸を復元したもので、
西郷家の悲劇も人形展示されています。
さて、鶴ヶ城へと足を進めます。
すると、目に留まったのが右の写真にもある、
ダンダラと誠の文字のプリントされたポスターが。

天守で展示されていた企画展のポスターでした。
展示内容は、新選組!の衣装とか小道具とか。
特に、ご当地会津にゆかりのある方々
(容保公・佐々木只三郎・齋藤一)の衣装、小道具に
力を入れた展示になっていました。
勿論、土方さんの衣装の展示もありました!

最近、天守の常設展示も新しくなって、
以前展示してあった、
白虎隊や容保公の展示物が少なくなった・・・
と思ったら、何と、後日蝦夷地で発見!
というのは、また別の話。

さて、鶴ヶ城と言えば、
戊辰戦争の後、荒れ果ててしまったのですが、
それをモデルにした歌というのが、
土井晩翠作の「荒城の月」なんですよね。
場内に、「荒城の月」の碑があるのですが、
実は後日、また別の場所でも、
「荒城の月」の碑を見つけて参りました!
 
 






再び、鶴ヶ城北口からハイカラさんに乗って移動です。

その前に、ふらっと立ち寄った鶴ヶ城会館で、
ガチャガチャで限定新選組ピンズPrat2を2回ほどやって、
源さんと永倉さんをGet!
その時に、ダンダラ羽織を着て、下駄を履いた
新選組隊士を見かけたのですが、
まさかこの後、一緒になるとは・・・。

さて、続いて向かいましたのは、
天寧寺にある近藤勇の墓所です。

奴郎ヶ前で下車すると、山のほうに向かって小道を進みます。
途中に案内板が何箇所かありましたが、
それが無いと少々不安になっていきます。

次第に坂道は、林の中へと。
そして、舗装も段々怪しくなっています。

山本耕史さんが天寧寺を訪れた際の感想で、
”近藤のお墓を建てるのに
「ここじゃ駄目だ、もっと上だ!」
と土方が行っていたに違いない。”
と言っていたのが、良く解る気がしました。
本当に、近藤さんのお墓に行くのに、
足場が悪くなっていくんですもの!

どうにか無事、近藤さんのお墓に辿り着き、
しっかりとお参りをしてきました。
写真で見ると、大きいのかな?と思っていたのですが、
実物はそうでもなかったり・・・。
やっぱり、自分で行かなきゃ駄目ですね。

お参りを終えて下に下りてくると、
天寧寺の山門で、鶴ヶ城会館で見かけた一団と会いました。
挨拶をすると、
"一緒にどうですか?"
とお誘いを受けたので、滅多に無いことだ!と思い、
同行させていただくことにしました。

この方達は、
京都新選組同好会の方々で、今回、
結成30周年記念大遠征で、会津に来たとのことでした。
折角なので、近藤さんのお墓の前で記念撮影。
この格好で、ずっと歩いているんだから、頭が下がります。

記念に、何人かの隊士から名刺も頂きました。
家宝にさせて頂きます。
組長10名の名刺を集めると、良い事があるらしいんですが・・・。
さ、果たしてどんな良い事があるんでしょうか?

下に戻る途中、雨が降り出してしまいまして・・・。
暫く、天寧寺で雨宿りもしちゃいました。
タイミングを見計らって、天寧寺を出てバス通りまで行くと、
新選組同好会の方とはお別れです。
彼らは、バスに乗って次の場所へ。
そして私は、強い雨と戦いながら、会津武家屋敷を目指します。
天寧寺で降り出した雨は、次第に強さを増し、
歩くことが困難なほどの雨足となりました。
まさに土砂降り!!と言う感じ。

辿り着いた会津武家屋敷では、取り敢えず、
雨宿りをしてから、見学スタートです。
でも、順路の最初は、外なので、
道は冠水していて、一部は通れなかったり・・・。
既に、一度来ていたこともあったので、
ショートカットをしながらの見学となりました。

で、左の写真に見覚えはありませんでしょうか?
これは、西郷頼母邸を復元した建物なのですが、
あの新選組!では、
黒谷・会津藩本陣として使われていたんですね・・・。
放送を見て、"あそこだ!"と確信していたのですが、
実は、パネルを見るまで、すっかり忘れていて・・・。
私としたことが・・・と言う感じです。

というのも、今回、
どうしても会津武家屋敷に立ち寄りたかったのは、
ここに佐々木只三郎のお墓が有ったからなのです。
只三郎のお墓のために¥850円は高いな〜
と思っていたのですが、
ロケ地だったことに気が付いて、
何だか許せてきちゃいました。

因みに、ハイカラさんのフリー切符を持っていたので、
実際は¥750で入っています。
このフリー切符を使うと、
いろんなところで割引料金で入れるので、
お徳です。

さて、お目当ての佐々木只三郎のお墓ですが、
彼は鳥羽・伏見の戦いで命を落としており、
一度、大坂に埋葬されたそうですが、
会津武家屋敷に改葬したとのことです。
幕臣なんだけど、故郷に戻ってきたのね〜。

さ、雨の中の武家屋敷ツアーも終わりに近づいてまいりました。
実は、二番目の目的は、ここの売店だったり・・・。
そう、ここの売店で図録を4冊も購入してしまったり・・・。
交通費にお金を掛けない分、
資料に消えていくので、懐が痛い・・・。
でも、止められないのは、
そういう性質なんだからしょうがないのかな?
と思う今日この頃です。

そうこうしているうちに、
雨は随分小降りになってきました。









続いてまいりましたのは、会津藩主松平家墓所です。
会津武家屋敷から歩いて5分くらいでしょうか。

墓所の入口は比較的わかりやすいのですが、
墓所そのものは非常に行きにくい。
特に、容保公は最後の藩主だったから、
一番奥にあるのです!
しかも、石畳の上を歩くのですが、
その石畳も古いので、凸凹しているし、
山道を歩いているような感じです。
さらに、道しるべも無いので、下手すると迷子になりそうな感じ。

何と言っても、雨の中歩いているので、
足場が悪すぎるし、
結構急な坂だし、
行くのに大変苦労しました。
が、何とか、容保公の場所まで辿り着くことができました。

ただ、人気が全く無いので、
非常に落ち着く場所ではありますね。
ただし、足を運ぶ時は、
天気であるのに限る、と思います。

というか、
ここまで足を延ばすほうが珍しい??って?

バス通りに戻って院内から乗車しようと思ったのですが、
一度、武家屋敷の写真(入口)を撮っておきたかったので、
武家屋敷まで戻ってから、
会津武家屋敷前で三度、ハイカラさんに乗車です。
一度、会津駄菓子資料館(長門屋)に立ち寄りたかったので、
飯盛山団地で下車しました。
そこから、歩いて白虎隊記念館に向かったのですが、
残念ながら、閉館していたので、中には入れず仕舞い。
幸い、一度じっくり見学していたので、
それ程肩を落とさずに済みましたが。
でも、土方歳三の鎖帷子、もう一度見たかった・・・。

さて、気を取り直して、足を進めます。
次に向かった先は旧滝沢本陣。
建物内部の刀傷や鉄砲痕が生々しく残っています。
こういうのを見ると、
本当にあった話なんだよな〜と、
しみじみと実感されます。

そうそう、絶対に
土方さんもここに居たことがあるので、
座敷でじっくりと座らせて頂きました。
このような場所が現存すると、
嬉しいですよね。

ということは、亀山本徳寺にも行かなきゃ!
だって、あそこは新選組が使っていた建物を
移築しているんだもの!!
 

 


そして、最後に向かったのは、
飯盛山です。

当初の予定では、行く予定は無かったのですが、
帰りの電車までたっぷり時間が有ったのと、
白虎隊墓地には容保公の碑も有るので、
足を延ばしてみました。

飯盛山に登るエスカレーターの営業時間も終わっていたので、
石階段を、自力で登ります。

夕方であるのにもかかわらず、
人影も疎らにあり、ちょっとビックリしました。

序でに、
白虎隊自決の地にも足を延ばして、
鶴ヶ城を眺めましたが、
余り天気がよくなかったので、
綺麗には見えませんでした。
彼らが、お城が燃えていると誤解したのもしょうがないですね。

行く度に切なくなる、そんな場所に思われます。
因みに、今回、2度目。

山を降りて、飯盛山下停留所で、
ハイカラさんを待ちます。
あとは、会津若松駅に向かい、電車に乗って、帰路へ。
こうして、会津若松の旅は終わりました。

今回の旅では、京都新選組同好会の方々と近藤勇の御墓参りをしたりと、非常に印象深い旅になりました。
二度目の会津若松探訪ではあったが、まだまだ会津には足を延ばしたいと思っています。
それくらい、会津若松には引き付ける何かがあると思います。
その度に、天寧寺を訪ねている可能性があるな・・・。

今回は、時間の都合上、郊外にある日新館を訪ねることが出来ませんでしたが、またそのうち行きたいと思っています。
それから、また少しはなれた場所にある大内宿も。
ただし、その時は、車で行くか、借りるかしなきゃ駄目だろうな・・・。
そして、東山温泉に一泊、と。

それから機会を見て、9月のお祭りにも行きたい!!

ところで、山本耕史さんはずっと会津若松の観光大使を務めているのかな??


以上